あいち医療通訳システム トップページ医療機関等外国人対応マニュアル トップページT診療対応マニュアル 1総論>2.文化の違いの留意点

 総  論

2.文化の違いの留意点 

 

(1)自分らしさ(アイデンティティ)の基礎は文化にあり 

 

 ここでいう「文化」とは、価値観、世界観、習慣、行動様式、風習、言語などを指します。人は、生まれ育った地域社会の文化に大きく影響されています。つまり、その人の自分らしさ(アイデンティティ)のある部分は文化によってつくられてきたと言えるかもしれません。生まれた時から培ってきたものですから、容易に変えられませんし、変えることに大きな苦痛を伴うと考えてもよいでしょう。

 日本人同士でも文化の違いを感じる場合がありますが、外国人の場合は、特に大きく異なると感じます。そのために、「見慣れないもの」、「異質なもの」に映り、排除したくなる場合もあるようです。あるいは、自分にゆとりがある場合は「違い」を寛容に受け止めることができても、高ストレス下にあるときや相手の予期せぬ行動に出会ったとき(たとえば患者さんのクレームなど)に、思わず「異質さ」を意識してしまうことがあります。こうしたことに対処するためには、文化の違いに出会ったときには「異質さ」や「排除」の感情を抱いてしまうことがあるという心の動きの傾向を予め承知しておく必要があります。

 また、アイデンティティは一つではないということも意識しておくとよいでしょう。人はたとえば、女性であり、母親であり、社会人であるという複数のアイデンティティを持っています。「違う」ところでコミュニケーションが取りにくい場合は、「同じ」ところをきっかけにしてもよいかもしれません。

 

(2)文化に優劣なし 

 

 かつて、遅れた未開の文化と進んだ欧米の文化という区分で文化を見ていた時代がありました。手で食事をすることや呪術が普及していることは文化的に劣っていると考えられていました。ただ、現在では、文化人類学の成果や人権意識の向上もあって、こうした認識は誤りであるとされています。文化に優劣や高低はつけられないということです。

 ただ、アングロサクソン系の白人とアジア諸国の人を比較すると、応対に差がある人が見受けられます。白人だと「どうも引いてしまう」が、アジア人だと「親しみをもって対応できる」という人もいますし、アジア人の方を軽く見てしまうという人もいます。差をつけた応対は、できれば避けたいものが、どうしても意識してしまう場合は、自分の中にわき上がる感情の傾向を予め承知しておくとよいでしょう。

 

(3)「日本人と同じようにすべき」という考え方には慎重に 

 

 人種差別撤廃運動が盛んな時代には、たとえばアメリカでは「白人と同じ扱いにしてほしい」と叫ぶアフリカ系アメリカ人のことが良く報道されていました。しかし、今では、アフリカ系アメリカ人にはアングロサクソン系アメリカ人とは異なる独自の文化があり、尊重すべしと主張されています。日本では「郷に入っては郷に従え」といいますが、これを「日本に来たら日本人と同様の考え方をすべきである」と解釈するのは、避けたいところです。多様であることを尊重し、異なるところを受け入れる心を持つことをお薦めします。

 「日本国籍にすればいいのに」とか、「顔立ちが日本人に似ていて良かったね」といった言葉は、思いやる気持ちから発せられたとしても、外国人にとって自分の故郷やアイデンティティを否定されたような気がして複雑な気持ちになるといいます。

 

(4)気がつかない文化の違い 

 

 「文化の違いを受け入れる」と言っても、何が文化の違いに由来するものなのかわからなければ、対処の仕様もないところです。ただ、文化の違いに気づくのは、なかなか難しいことでもあります。どうしても、外国人患者さんも日本人と同じ考え方をし、日本のやり方は理解していると思ってしまいます。その結果、医療に対する考え方、宗教行為、習慣・国民性のちがいに気がつかず、医療者と患者さんの双方に「戸惑い」、「混乱」、「不信」が発生することがあります。たとえば、時間にルーズな人や約束を守らない人、自己主張の強い人に出会ったときには、通常、文化の違いというより性格のせいにしがちです。あるいは、能力のせいにしたり、マナーの欠如や社会階層の低さのせいにしたりしてしまいます。

 外国人のそうした行動に出会った場合には、すぐに性格や能力のせいにしないで、一旦、判断を保留しておいてください。他者の文化に気づくには、まず、自分の文化がどのようなものかを承知しておく必要があります。自分の文化を吟味した上で、出会った行動をとらえ直してみてはいかがでしょうか。

 

(5)文化の違いに気づくために各国の文化に関する知識を 

 

 外国人の行動が文化の違いに由来すると気づくためには、いくつかの国や地域の主な文化に関する知識を持っておくとよいでしょう。韓国、中国、ブラジル、ペルー、フィリピン、アメリカ合衆国の文化については後述しましたので、参照してください。(第4章〜第9章)

 ただ、各国の知識の中でも、特に政治事情や外交政策については、外国人患者さんにコメントするのは避けた方が無難でしょう。たとえば、日本で「市民を弾圧する独裁政権」という報道があったとしても、その患者さんはその政権を熱烈に支持している場合があるからです。

 全体的な文化の違いについては、文化人類学者のエドワード・T・ホールが時間と空間の文化に関する整理体系としてモノクロニックとポリクロニックという概念を提示しています。世界には、アングロサクソン的な直線的な時間管理を行う文化ときっちりとしたスケジュールを立てるのが難しい、たとえばラテン的な文化があるといいます。また、ホールは意思疎通の面から見て、高コンテキスト文化と低コンテキスト文化があるとも言っています。たとえば、文脈を言葉で伝えなければなかなか意思疎通ができない欧米人は低コンテキストであり、言葉に出さなくても察することで了解する日本人は高コンテキストといえます。このように、世界の文化の全体傾向を知識として習得しておくと、文化の違いに気づきやすくなるのかもしれません。

 とは言え、外国人ひとり一人と接すると、本当に「人それぞれ」であると感じます。几帳面だと言われている日本人より几帳面なラテン系南米人もいますから、出身国の文化は全体傾向としては言えるものの、個人個人にそのまま当てはまるものではないということも承知しておく必要があります。